人知れず善行を積んでいれば、必ず良い報いがあるという、
古くから伝わる深い言葉です。
私たちは日常生活の中で、
つい自分の行いを認めてもらいたいという気持ちを抱くことがあります。
「これをやったから褒めて」と言いたくなることも、
決して悪いことではないでしょう。
素直に評価を求めることも、時には大切なコミュニケーションの一つだと思います。
しかし、この淮南子の教えは、それとは少し違った視点を教えてくれます。
自分が自然体で行ったことが、後になって人の目に触れて評価されたり、
思いがけず「ありがとう」「良かったよ」と言ってもらえたりする。
そんな経験をしたことはないでしょうか。
見返りを期待せずに行った小さな親切や、誰も見ていないと思って続けていた努力が、
いつの間にか周りの人に気づかれ、感謝される。
そうした瞬間に出会うと、何か温かい気持ちになります。
陰徳とは、派手さはないけれど、心から湧き出る自然な行動のことかもしれません。
そして陽報とは、必ずしも目に見える形での報酬ではなく、
人とのつながりや信頼、そして自分自身の心の充実感なのかもしれません。
私自身も、日々の中で小さな陰徳を積み重ねていけるような、
そんな生き方を心がけていきたいと感じています。
参考文献:『名言名句成語辞典』(米津千之編者)

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